大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和62年(う)536号 判決

主文

原判決を破棄する。

本件を神戸地方裁判所に差し戻す。

理由

本件各控訴の趣意及び答弁は、弁護人原田紀敏、同高木甫連名作成の控訴趣意書並びに検察官高橋哲夫作成の控訴趣意書及び検察官小林秀春作成の答弁書各記載のとおりであるから、これらを引用する。

弁護人の控訴趣意中、公訴棄却の主張について

論旨は、要するに、本件捜査は、尼崎中央警察署保安係が、組織的にいわゆる捜査協力者を利用して違法なおとり捜査を行って犯罪を誘発したうえ、これら捜査協力者の供述につき、架空人名義の供述調書を作成したり、これらの者の供述に基づかない内容虚偽の供述調書を作成し、次いで、これらを疎明資料として捜索差押許可状や共犯者の逮捕状を請求し、裁判所を欺いて右各令状の発付を得て捜査を遂げたもので、右の一連の捜査には憲法三一条、三三条、三五条に違反する重大な違法があるところ、検察官は右の違法を看過して本件公訴を提起したものであるから、右の公訴提起は無効であり、本件公訴は棄却されるべきであるのに、原審がこのような判決をせず、実体審理を遂げて被告人に有罪の判決を言い渡したのは、不法に公訴を受理した違法がある、というのである。

そこで、所論にかんがみ記録(但し、Aの検察官及び司法警察員(三通)に対する各供述調書、Bの検察官及び司法警察員(三通)に対する各供述調書、Cの検察官(二通)及び司法警察員(三通)に対する各供述調書、D子の司法警察員に対する供述調書二通、司法警察員O作成の昭和五七年八月一六日付現場写真帳(謄本)を除く。)を調査し、当審における事実取調べの結果をもあわせて検討するのに、原審及び当審において取調べた関係証拠によると、本件公訴が提起されるまでの捜査の経緯等について、以下の事実が認められる。

(1)  兵庫県尼崎中央警察署保安課保安係(以下、尼崎中央署保安係と略称する。)は、昭和五七年七月ころ、株式会社Tが経営する兵庫県尼崎市《番地省略》のカフェー「シスコ」が風俗営業等取締法に違反し、強引な客引きをしたうえ、客に対し卑わいな行為をしているとの情報を得て捜査を開始したが、その際、証拠収集の手段として、従前からいわゆる捜査協力者として利用していたE、F、Gを客としてシスコに送り込んで同人らの供述を得ようと考え、同署警察官Pにおいて、同月二〇日ころFに、同月二〇日ころ及び同月二七日ころGに、また、同署警察官Qにおいて、同月二〇日ころEに、それぞれ右の趣旨の捜査協力を依頼し、同人らの承諾を得たこと

(2)  Eは、同月二一日シスコに赴いて、公訴事実別紙卑わい行為一覧表(以下別表という。)番号1記載のホステスD子から同記載の接待を受け、翌二二日同署に出頭してQに報告し、その際、同人から求められて白紙の供述調書用紙に「石田聡」の架空名義で署名、指印してこれを渡したが、Eが、Qにおいて右の署名指印済の供述調書用紙を使って作成した右の報告を内容とする供述調書を見せられたのは、本件が起訴された後であること

(3)  Gは、友人のHに警察からの前記の依頼の趣旨を明かして捜査協力を頼み、これを了承したHは、同月二二日は単独で、同月二八日はGと共にシスコに赴いて、別表番号2記載のホステスI子及び別表番号5記載のホステスJ子から、それぞれ同記載の接待を受け、Hは、それぞれその翌日尼崎文化センター二階の喫茶店でP及び同署警察官Rに報告し、後日、Hは、Rにおいて作成した右の報告を内容とする供述調書を同署駐車場に駐車中の自動車内で見せられ、二二日の分は「和田清」、二八日の分は「加藤敏之」の各架空人名義で署名、指印したこと

(4)  Fは、友人のKと共に、同月二五日シスコに赴いて、Kが別表番号3記載のホステスL子から、Fが別表番号4記載のホステスM子から、それぞれ同記載の接待をうけ、その後、FはKに警察からの前記の依頼の趣旨を明かし、両名は翌二六日同署に出頭し、P及び同署警察官O、同Sに報告し、FについてはOにおいて供述調書を作成したが、Fは、署名についてはOから本名でするように指示されたため「F」と署名、指印し、一方、KについてはSにおいて供述調書を作成したが、Kは「杉崎幸雄」の架空人名義で署名、指印したこと、なお、Kは、その後所在不明となり、その正確な本名は判らないこと

(5)  Gは、前記(3)のとおり同月二八日Hと共にシスコに赴き、別表番号6記載のホステスN子から同記載の接待を受け、翌二九日、二度に亘り、前記の尼崎総合文化センター二階の喫茶店で、P及びRとQ及びOに報告し、後日、Gは、Qにおいて作成した右の報告を内容とする供述調書を見せられ「林田実」の架空人名義で署名、指印したこと

(6)  前記の各供述調書の内容については、シスコでのホステスの接待に関する部分以外の、供述者が同店に赴くまでの過程、警察官から供述を求められた状況等は、供述者の供述に基づかない警察官の捏造であり、また、架空人名義が用いられた供述調書のうち、「杉崎幸雄」名義以外のものについては、供述調書を作成した警察官において署名が架空人のものであることを知っていたこと

(7)  尼崎中央署保安係は、同年八月六日右の各供述調書等を疎明資料として、D子らホステス四名の逮捕状及びシスコについての捜索差押許可状を請求し、その発付を得て、同年八月九日これを執行し、同女らを逮捕して本件の接待状況等についての供述を得るとともに、同店舗内の写真撮影などをして証拠の収集をしたこと、なお同女らは、その後勾留請求されることなく同月一一日午後三時ころまでには釈放されたこと

(8)  その後、前記警察官らは、前記各供述調書とは別に、前記捜査協力者のうちE、H、Kから、事前に白紙の供述調書用紙に架空人名義の署名と指印を貰ってあったものを利用し、実際には右の者らにその接待を受けたホステスについて面通しをさせた事実がないにもかかわらず、面通しの結果間違いない旨のいわゆる面割り調書を作成していること(Qにおいて供述者「石田聡」の別表番号1記載のD子についての、Oにおいて供述者「和田清」の別表番号2記載のI子についての、Rにおいて供述者「加藤敏之」の別表番号5記載のJ子についての各供述調書を作成。なお、Sにおいて供述者「杉崎幸雄」の別表番号3のL子についての供述調書を作成したが、Sは、事前に署名、指印を貰ってあった供述調書用紙を書き損じたため、署名は、自ら杉崎の署名をなぞって書き、自己の右人差し指で指印した。)

(9)  尼崎中央署は、以上の客及びホステスの供述調書等を疎明資料として、同年八月一八日本件の共犯者であるB、Cについて本件の容疑で逮捕状を請求し、その発付を得て、同日Cを、翌一九日にBをそれぞれ逮捕し、同人らの自白を得て供述調書を作成したこと、なお、同人らは、その後勾留請求されることなく釈放されたこと

(10)  神戸地方検察庁尼崎支部検察官(以下、起訴検察官という。)は、本件捜査が前記のとおり捜査協力者を利用したものであることや、本件の客のうちFを除くその余の者の氏名が架空のものであり、かつ、これらの者の供述調書が前記の経緯で作成され、その供述内容の全部または一部が警察官によって捏造されたものであったり、供述者に読み聞けないしは閲覧がなされていないものであることを看過したまま、被告人、共犯者、ホステスについては独自に取調べを行って供述調書を作成したものの、客については取調べをしないまま、昭和五七年一二月二七日本件公訴を提起し、その際、F以外の客の氏名を架空人名のまま公訴事実に記載し、その後、昭和五八年三月、新聞報道により尼崎中央署保安係における本件のごとき虚偽の供述調書作成の実態が明らかにされるに及び、原審第七回公判期日(同年一一月四日)においてその氏名を訂正したこと

(11)  前記客の各供述調書の記載あるいは供述内容からは、捜査協力者を利用しての捜査であるとか、供述者の氏名が架空のものであるとか、さらには供述内容の全部または一部が警察官により捏造されたものであるとかの事情は窺えないこと

(12)  ところで、前記の供述調書に偽名を用いたのは、供述者側の、捜査協力者であることや、事案の内容から本名を知られたくないとの希望もあってのことであるが、尼崎中央署では、昭和五三年ころから、本件と同様の方法による捜査協力者の利用及び供述調書の作成をしてきており、この間の昭和五三、四年ころ、神戸地方検察庁尼崎支部の担当検察官が、客について取調べるためこれを呼び出した際に、その供述調書が架空人名義であることが発覚したことがあったが、検察庁あるいは担当検察官から格別の注意指導もないままその後も同様の方法がとられてきたこと

(13)  起訴検察官は、以前に架空人名義の供述調書が問題になった経緯について知らされておらず、また、本件捜査についても、供述調書の捏造は勿論のこと警察が捜査協力者を利用したり、これらのものにつき架空人名義の供述調書を作成している事情については何も知らされていないこと

(14)  また、本件捜査に関与した前記のP、Q、O、R、Sの各警察官は、本件についての前記(8)記載の面割り調書のほか、他の事件で同様の方法により作成した供述調書につき虚偽公文書作成、同行使罪に問われるとともに、本件の捜査協力者であるG、Eから、賭博遊戯機による、同人らの経営する喫茶店やリース先での賭博事犯の取締まりのいわゆる目こぼしに関し、現金等の供与を受けたという収賄罪(Gからは全員、EからはPのみ。)に問われて起訴され、有罪が確定していること

そこで、以上の事実をもとに、所論の捜査の違法について検討する。

本件において、尼崎中央署保安係が、風俗営業等取締法違反の嫌疑のあるシスコに、証拠収集の手段として捜査協力者を送り込んで、ホステスから同法違反にあたる接待を受けさせたうえ、その供述を得、これに基づき被告人らを検挙した捜査方法は、いわゆるおとり捜査に該当するところ、本件事案が、客の自由に出入りできる店内で半ば公然と行われている比較的軽微な犯罪であることなどからすれば、おとり捜査の方法を採らせなければならない必要性は当然には認めがたいものの、本件事犯が、半ば公然と常態的に行われていて、必ずしも犯罪を誘発したとは言えないこと、客自身犯罪に問われる性質のものではないにしろ、客がホステスから受けた接待の内容が他聞をはばかるものであることから、その供述を得ることが必ずしも容易でないことを考慮すると、おとり捜査の方法を採ったことは、相当性を欠いたものではあるが、違法とまではいえない。

次に、警察官において、客の供述調書の一部または全部を捏造した行為は、虚偽公文書作成罪を構成する犯罪行為であり、さらに、これらその一部または全部が犯罪行為によって作られ、かつ、その多くが架空人名義の供述調書を主たる疎明資料として、シスコに対する捜索差押許可状あるいはホステス及び共犯者の逮捕状を請求して、その発付を得たのは、まさに令状の詐取ともいうべきもので右各令状の執行は違法というほかない。

以上のとおり、警察段階での捜査の方法、手続には、その重要な部分に捜査官の犯罪行為を含む違法、不当があり、極めて遺憾といわざるをえないが、一方、違法、不当な捜査の存在が、検察官において公訴権行使についての裁量権を行使する際の一判断資料となりうるとしても、その存在が、裁量権を拘束し、公訴提起の効力を当然に失わせるものとは考えられないところ、本件にあっては、前記認定のとおり、起訴検察官は、被告人、共犯者、ホステスについては独自の捜査を遂げており、その捜査自体には何らの違法、不当もないうえ、本件以前の問題も含め、警察の捜査の実体については何も知らされておらず、また、各供述調書の記載あるいは供述内容からは、警察の捜査の違法、不当は窺えないことからすると、起訴検察官が前記の警察の捜査の違法、不当に気付かなかったことに格別の落ち度はなかったものといわざるをえない本件にあっては、起訴検察官が、前記の違法、不当を看過して本件公訴を提起したことが公訴権の行使についての裁量権を著しく逸脱したものとまではいえない。論旨は、理由がない。

弁護人の控訴趣意中、訴訟手続の法令違反の主張について

論旨は、要するに、原判決が挙示する証拠のうち、被告人、C、A、B、D子の検察官及び司法警察員に対する各供述調書、司法警察員O作成の昭和五七年八月一六日付現場写真帳(謄本)は、いずれも証拠能力がないにもかかわらずこれらを証拠として採用し、事実認定に供した原審の訴訟手続には法令違反があり、右各証拠を除くと有罪の認定はできないので、これが判決に影響を及ぼすこと明らかである、というので、記録を調査し、当審における事実取調べの結果をもあわせて検討し、そのとおり判断する。

一  所論は、右各証拠は、いずれも、前記の一連の違法捜査の過程で、違法捜査を基にして取調べないしは収集されたものであるから、当然に証拠能力は否定されるべきである、というが、一度違法な捜査が行われると、これがその後の捜査の全てを当然に違法にし、収集した証拠の証拠能力まで失わしめるものとはいえず、その証拠能力は、捜査の違法性の内容程度、当該証拠と右捜査との関連性などに照らして個別に判断すべきものであるから、以下所論の各証拠について検討を加える。

二  被告人の検察官及び司法警察員に対する各供述調書について

所論は、右各供述調書は、捜査官が、被告人に逮捕、勾留する旨の威嚇をして供述を強制し、あるいは略式命令で処理する旨の利益誘導をして供述を得て作成されたものであるから、いずれも任意性がない、というのである。

ところで、被告人は、原審で所論に副うような供述をしているけれども、取調べ警察官である原審証人P、Qは、いずれもこれを否定する証言をしているほか、被告人が昭和五二年までの約三〇年間警察官であったことなどに照らすと、右供述は措信できず、他に任意性を疑わしめる証拠もないので、被告人の各供述調書に任意性がないとの所論は採用できず、右各供述調書を証拠に採用し、罪証に供した原審の訴訟手続には法令違反はない。

三  D子の検察官及び司法警察員に対する各供述調書について

所論は、右各供述調書は、警察官が、客について、これらの者の供述に基づかない内容虚偽の供述調書や架空人名義の供述調書を作成し、これらを疎明資料として裁判所を欺いて逮捕状を得、D子を逮捕したうえ、この違法な身柄拘束の状態を利用して供述を得て作成されたものであるから、証拠能力がない、というのである。

ところで、D子が逮捕されるに至る経緯は、前記(1)ないし(7)認定のとおりであるところ、逮捕状請求の主たる証拠である客の供述調書には、いずれも取調べ警察官により捏造された虚偽の部分があるうえ、E(石田聡名義)の供述調書は、警察官において事前に白紙の供述調書用紙に架空人名義の署名、指印を貰っておいたものを利用して作成し、その後読み聞けもしていないものであり、また、F以外の供述調書はいずれも架空人名義であって、供述内容のうち、客がシスコでホステスから受けた接待の内容についてはその供述どおり録取されているとしても、右の各供述調書は到底証拠として許容することはできず、これらを除けば逮捕状の請求が認められなかったことは明らかであるので、右の逮捕状による逮捕は違法というほかない。

そして、違法逮捕であることの一事をもって、その間に作成された供述調書の証拠能力が当然に失われるものではないとしても、逮捕状請求の主たる証拠の収集過程に、警察官の犯罪行為を含む著しい違法、不当がある本件のような場合には、逮捕拘禁中の供述調書は違法に収集された証拠として、証拠能力を否定するのが相当である。

そうすると、D子の前記供述調書中、逮捕中に作成された司法警察員作成の供述調書(昭和五七年八月一〇日付、同月一一日付)には証拠能力は認められない。

しかしながら、同人の検察官に対する供述調書(同年一一月一五日付)は、同人が釈放されてから三か月後のものであり、違法逮捕の影響下で供述がなされたものとも認められず、他に任意性を疑わしめる証拠もないので、証拠能力を認めることができる。

してみると、証拠能力の認められないD子の司法警察員に対する各供述調書を証拠として採用し、罪証に供した原審の訴訟手続きには、法令違反があるといわなければならない。

四  司法警察員O作成の昭和五七年八月一六日付現場写真帳(謄本)について

所論は、右の現場写真帳(謄本)に添付の写真は、前記三と同様、警察官が裁判所を欺いてシスコに対する捜索差押許可状を得て、これを執行し、この違法な捜索差押の際に撮影されたものであるから、右の現場写真帳(謄本)は違法収集証拠として証拠能力がない、というのである。

ところで、シスコに対する捜索差押許可状が執行されるに至った経緯は、前記(1)ないし(7)認定のとおりであるところ、前記三説示と同じ理由により、右捜索差押許可状の執行は違法というほかなく、また、その違法、不当の程度が著しいことからすれば、その際に撮影された写真は、違法に収集された証拠として証拠能力を否定するのが相当であり、従って、この写真を内容とする右の現場写真帳(謄本)には証拠能力は認められない。

してみると、証拠能力の認められない右現場写真帳(謄本)を証拠として採用し、罪証に供した原審の訴訟手続には法令違反があるといわなければならない。

五  C、A、Bの検察官及び司法警察員に対する各供述調書について

所論は、C及びBの右各供述調書は、捜査官が、違法な逮捕による身柄の拘束を利用し、また、引き続き勾留する旨の威嚇により供述を強制し、あるいは、略式命令で処理する旨の利益誘導をして供述を得て作成したものであり、Aの各供述調書も、捜査官が、逮捕、勾留する旨の威嚇により供述を強制し、あるいは、略式命令で処理する旨の利益誘導をして供述を得て作成したものであるから、いずれも任意性がない、というのである。

所論に対する判断に先立ち、職権をもって原審の訴訟手続について検討するのに、原判決は、原判示事実を認定する証拠としてC、A、Bの検察官及び司法警察員に対する各供述調書を挙示する。

ところで、右の三名は、原審において当初併合審理されていた本件の共犯者であるが、原審の第四一回、第四八回及び第六四回各公判調書に引用された証拠等関係カード(検察官請求分)の記載によれば、右各供述調書は、当該供述者の関係で自白調書として請求されるとともに、相被告人との関係でもいわゆる相互補強として請求されていること、これに対する被告人の関係での原審弁護人の意見は、A及びCの各供述調書については、本件捜査が適正手続の保障に反するものであること及び任意性がないことを理由に、証拠能力がないというものであり、また、Bの各供述調書については、証拠等関係カードに意見の記載のないこと、しかるに、原審は、右各供述調書を被告人の関係でも証拠として採用し、弁護人の異議を棄却したうえ、証拠調べをしていることが認められる。

しかして、前記各供述調書は、被告人の関係では伝聞証拠であるから、刑訴法三二六条の同意があるか、同法三二一条一項二号ないしは三号の要件を具備しないかぎり証拠能力を取得しないものであるところ、A及びCの各供述調書については、原審弁護人の前記意見が刑訴法三二六条の同意の趣旨でないこと明らかであり、また、Bの各供述調書については、証拠に対する原審弁護人の意見を聞いていないものといわざるをえず、さらに、記録上、右各供述調書について刑訴法三二一条一項二号ないしは三号の書面として取調べた形跡もないので、原審の訴訟手続には、所論について判断するまでもなく、証拠能力のない右各供述調書を証拠として採用し、罪証に供した訴訟手続きの法令違反があるといわざるをえない。

ところで、被告人は、原審において、本件公訴事実を争い、共犯者らとの共謀の事実を否認する供述をしているところ、原審で取調べた証拠のうち、前記の証拠能力のない共犯者の各供述調書を除くと、被告人の共謀の事実を立証する証拠は、被告人の検察官及び司法警察員に対する各供述調書のみであり、しかも、原審で取調べた共犯者はCのみであるうえ、同人は、被告人の前記公判供述に副う供述をしており、また、ホステスである原審証人L子、I子、J子、N子は、いずれも本件までの間に被告人を見たことはない旨証言していることに加えて、被告人は、警察での取調べの当初、共謀の事実を否認していたことが窺えることなどからすると、被告人の前記各供述調書に当然に信用性を認めうるとは言いがたく、C以外の共犯者についての取調べも行われておらず、また、前記の共犯者の各供述調書につき原審が誤って証拠として採用したことから、刑訴法三二一条一項二号ないしは三号の書面としての検討もされていない現時点では、その信用性の判断はできないものといわざるをえない。

してみると、原判決の挙示する証拠のうち、前記共犯者の各供述調書を除くと、被告人の共謀の事実を認定するに由なく、この点の審理が尽されているとはいえないので、前記の訴訟手続の法令違反は判決に影響を及ぼすこと明らかである。

そこで、その余の各控訴趣意(法令の適用の誤り)について判断するまでもなく、刑訴法三九七条一項、三七九条により原判決を破棄することとするが、さらに共犯者の証人調べ等審理を尽くさせるのが相当であり、また、各控訴趣意指摘のとおり、原判決には、処断刑の範囲を超えた刑を言い渡している違法もあるので、刑訴法四〇〇条本文により、本件を原裁判所である神戸地方裁判所に差し戻すこととし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大西一夫 裁判官 谷村允裕 瀧川義道)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例